逃げ道は塞がる

そろそろ最後の授業かな、と思われる何人かの生徒(主に高校生)へ「辞めるよ」と言い始めた。

俺が講師を始めた頃からいて、高校生になってからは数学を主に担当した生徒(通称ちぃ。4月から高3)との会話(一部)。

ちぃ、ちょっとおいで」
「なになに」
「え~、実はちょいとショックを受けるかもしれないお話があります」
「え…なに? なになに?」
「いや、実はですね…」
「え、うそ? まさか…」
「多分そのまさかだと思いますけど」
「え、うそ。もしかして…辞めるの?」
「ええ、今月いっぱいで」
「マジで。うそぉ。ほんとに? え、4月はもう教室に来ないの?」
「だから今月いっぱいだってばさ」
「あ、そっか、そうだよね。え、もう戻ってこない?」
「残念ながら、今のままではその可能性はないかと」
「そっか…、え~、超ショックなんだけど。そっか…ぉ父さん(※俺のこと)も辞めちゃうんだ」
「やっぱショック? 言おうかどうしようか迷ったんだけどさ」
「そりゃあショックだよぉ~。そっか…え~、悲しい~」
「でもよくわかったね」
「ん~、ぉ父さん(バイト期間が)長いから、もうそろそろ辞めるんじゃないかなぁって気はしてたの。Y先生も辞めたし、S先生も辞めるって言ってたし」
「あ、やっぱ予感はあったんだ」
「うん。でも2月で辞めなかったから、まだ来年もいるのかと思ってた。そっか…」
「ごめんな。俺もできればちぃが大学受験するまでは続けたかったけど、もういい加減にトシだからさ(笑)。なかなか、どーにも、ね」
「ホントだよー。ひどいよー。そっか…え、じゃ、じゃあ、ひょっとして今日があたし最後の授業だった?」
「そういうことになるかな」
「うそ、ひどい~。あ、待った、土曜日があるじゃん!」
「いや、今週の土曜日は教室お休みだから」
「あ…そっか。え、24日ってぉ父さんいる?」
「いるよ」
「あ、でもその日英語か」
「うん。だから多分俺の出番はない。それに、その時間帯は俺授業入ってないし」
「そっか…。え、じゃあ、あたしが授業受けてる間に帰っちゃう?」
「いや、一応ちぃなんかの授業が終わるまでは居るつもりだよ」
「そっか…。え~、どうしよう~、ホントに今日が最後だったの~」
  :
(中略)
  :
「お別れかぁ…3月だもんねぇ」
「出会いと別れの季節だしねぇ」
「そう! 今日お母さんにも言われたの。3月は別れの季節だ、って」
「別れもあれば出会いもある、ってね。俺が居なくなる代わりに、また色んな先生が入ってくるよ」
「え~。そうだけど~…。そっか…」
  :
(中略)
  :
ちぃ、受験勉強頑張り」
「うー、頑張るよ」
「ま、掲示板は多分この先もちょくちょく覗くから。いついつに文化祭とか書いてくれれば、ちょっと行ったりもできるし」
「そっか、そうだね。じゃあ『サクラ咲いたよ』って書き込むよ」
「おう、期待してる」
「って、一年先じゃんよ~!」
  :
(以下略)

迎えの車が来ているのが分かっていたから、あまり待たせては悪いなぁと思っていたけれど、っていうか信号が青になったら行くんだろうと思っていたけれど、なかなか帰ろうとしないから、結局俺が「じゃあまた明後日な」と言った。

会話の端々で「そっか」と呟くちぃ。その「そっか」の口調というか…なんかリズムみたいなものがとても印象的だった。「そっか」と「うんうん」は彼女の口癖みたいなもので、授業でもよく聞いた言葉、それこそ今日の授業でも聞いた言葉で。よくわかんない俺の三流な説明にも、分かったふうに「そっか」「うんうん」言うから(本当に分かったときは「そっかー」って感じで、ちょっと伸びる。「うんうん」も楽しげな感じでちょっと高めの声になる)
「待て、ちぃ。お前今分かったフリしてるけど、ちんぷんかんぷんになってるやろ」なんて突っ込んでやると、ごまかしの微笑みを浮かべながら申し訳なさそうに「んとね、この辺からよくわかんない」と白状したけど。

このときの「そっか」はいつものソレとは全然違って。理解できているときとも違う、理解しているふりをしているときとも違う。「そっか」という音以外に何の意味も持たないような。初めて聞いたそのトーンに。半ば諦めの色が混じったそのトーンに。なんだかとっても理不尽なことを自分は言ってしまったような気がして。

「なんか、そんなにショックを受けてくれると、ある意味ありがたいなぁ」と言ったら。「うるさいよぉ、全然ありがたくなんかないよー」と怒られてしまった。

いつものように、飲りながらコレを書いている。初めてちぃぉ父さんと呼ばれた日のことを思い出した。ちぃが中3のときの冬期講習だから…2年ぐらい前か。昼飯を買いにコンビニ(歩いて5分もかからない)まで車で行ったとき、仲良し集団4人が「先生、乗せてって」と。その車内でちぃの友達が「なんか先生、あたしたちのぉ父さんみたい」と言った。「おいおい、俺はまだそんなトシやないで」と抗議したけれど、それは聞き入れられず…しばらくの間はそう呼ばれるたびに「ぉ父さん言うな」とたしなめていたけど、結局それ以降―今に至るまで―ずっとぉ父さんと呼ばれ続け、いつしか俺もそれが当たり前になった。むしろ俺の本名を知っているのかと一抹の不安すら覚える。

俺の知る限りだけど、生徒が講師に対して“○○先生”以外で呼ぶのは、ちぃ⇒俺だけなんじゃなかろうか。Do any students call the teacher by as its nickname ?そう思うと、こんな不名誉(?)なアダ名も、誇らしげな感じがする。

つーか、また長文になってきたな。以前『辞めてから一筆したためるか』と書いたけど、もう別コーナーを作るか。

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