今日の出来事

奇しくもジュンの書き込みがあったこの日、ジュンの同級生であるシュンがふらりと教室にやってきた。俺の記憶するところでは、高校生になってから初めてである。

俺の記憶にあるシュンの姿は、人懐っこい笑顔を絶やさない、ちんちくりんの少年だったけど。この一年と二ヶ月前の間で、すっかり身長は追い抜かれ、声変わりもして、立派な好青年になっていた。

「漢の顔になったな」(神谷明の声で)

いや、そんな台詞は吐いちゃいないがね。でもまー、一年ちょっとでこんなに変わるのかってビックリした。ついつい、授業そっちのけで話しちゃったよ。

で、生徒面談。今日のが一番の山場。不安でもあり楽しみでもあったマリナの面談。

マリナは通い始めて2ヶ月の中3生。なので業者テストの結果も何もないんだけど…まぁ成績はドン底ってとこだろう。ちなみに“笑った方がいいよ”に書いたのはこの子。一発目の生徒面談はすっぽかされた(本人曰く、忘れてた)。

授業を見たのは一度だけ(英語)。知っているのは、通っている中学校の名前と、帰宅部ってことだけ。

とりあえずアンケートに記入して貰った。空欄が目立つ。志望校も高校卒業後の進路希望も空欄。

「志望校は?」
「どこでもいい」
「どこでもって…んじゃ、将来やってみたいこととか興味のあることは?」
「えー、別になんもない」
「高校卒業したら進学したい? 就職したい?」
「就職でいいかなぁ」

「あんなぁ、『どこでもいい』とか『なんでもいい』って簡単に言うけどな、どっかで決めなきゃいけないときが来るんやで。それでも決められなきゃ、誰かに決められてしまうんやで。そうなったときに文句言ったって遅いんやぞ」
「………」
「お前さぁ、『どこでもいい』んじゃなくて、本当は『どこがあるか』知らんのやろ」
「うん」
「んで、調べたり考えたりするのがメンドクサイから、『どこでもいいや』って思っとんのやろ。違うか?」
「実はそう」
「だったら『どこがいいかわかんない』だろ。それは『どうでもいい』とは全然ちゃう。今の成績で入れそうな学校を探すんやなくて、そういう後でどうにでもなることは置いといて、純粋に行きたいところを考えていけばええねん。例えば…(将来の希望も無いし、部活もやってないからなぁ。何かあるかなぁ…)
制服がカワイイとか?」

つーか、一時間に及ぶやりとりを書き出したらすごいことになるので、自分用にかいつまんで記録。

「H高の制服ってスカートじゃなくてキュロットなんだよね」
「スマン、俺はキュロットとスカートの違いがわからん」
「スカートに見えるけどズボンみたいになってるの」
「ふ~ん。気にしたことなかったな。つか、その違いがわかるぐらいジロジロ見てたら、俺は変態さんになってしまうがな」
「あははは。学校の先生はね、H高に行けって言ってた」
「は~。そりゃ酷い先生やな」
「なんで?」
「H高なんか、単願で受ければまず受かるわ。お前に公立は無理って言ってるのと同じや。そいつバカちゃうか。って、こんなん先生に言ったらアカンで」
「あは。言ってやろ」
「やめれ。俺クビになってまう」

「多分、今回の(塾の)テストも数学0点とかだよ、きっと」
「そりゃ、これからが楽しみやな。来月は10点、その次が20点…うん、入試前には80点ぐらいまではいくな」
「学校のテストだって、何回も0点取ってるよ」
「すごいな。なかなか何回も取れるもんじゃないで」
「でもね、そんときは授業に出てたから通知票は2だったの」
「そりゃ通知票はテスト結果だけじゃないからなぁ。授業態度みたいなもんもあるし。提出物とかな」
「でも、あたし席に座ってただけだよ。勉強なんかしてないし」
「それでも、居るのと居ないのじゃ大違いや」

「でもよ、お前は塾に来て勉強して、少しずつでもできる様になってきてるだろ? 自分で実感あるだろ?」
「ホントに少しずつね」
「十分や。だいたい中学の勉強なんて、全国の中学生がみんな同じコトやってるんやで。そんなちょこっとのヤツらしかできないようなことやったら、みんながみんなバカになってしまうやないか」
「それもそうか」
「ただな、何もやらんとできる様にはならん。当たり前やろ?」
「逆に言うとな、やったら大概できるねん。まー、中にはやってもどうにもならんヤツとかおるけどな。それはホンマにバカな場合や。で、俺が見た感じ、お前はそんなバカとちゃう」
「ホントに? あたしでもできるようになるかな?」
「だって、お前さっき少しずつできるようになってきた言うたやないか」
「あ…(笑)」

「去年の冬にな、多分今のお前と同じぐらいの成績のヤツが入ってきたんよ。で、そいつはメチャメチャ頑張った。それこそ毎日毎日塾に来て。でも、あんま成績は上がんなかった。なんでかわかるか?」
「……?」
「元々の成績が低かったってのも、あるんやけど。どんなに塾に来てもな、中学3年分の内容が2ヶ月ちょっとで終わるわけがないんや。だから夏が大事なんや。中学2年分なら、まだ夏の2ヶ月でもなんとかなる」
「なんの因果か知らんけど、お前は『今、ここに』いる。冬じゃなくて、夏前の、今この時期に、いる。だったらやろうや。今からならまだ間に合うし、俺の見た感じお前はまだまだ伸びる。つーか、俺たちが伸ばしてやる。夏が終わった後に、お前よりバカなやつらをたくさん増やしてやろうじゃないか」

「去年で一番多かった人はどのぐらい来てたの?」
「ん~、100ちょっとかな。110は行ってなかったと思う」
「今までの最高記録は?」
「どうだろう? 多分120ぐらいじゃないかなぁ」
「ふ~ん。わかった、じゃ、あたしが新記録を作る!」
「は?」
「やる。夏で140ぐらい。朝から来ればそのぐらい行くよね。自転車で来たりしてもいいんでしょ?」
「ああ、チャリで来るヤツは結構居るよ」
「よし、決めた。やろっ」
「えーと。たまには遊ぶ日とかあってもええねんで」
「あたしねー、遊ぶと止まんなくなっちゃうの」
「そうか? 一日中遊んで次の日からまた頑張ればええやん」
「だめなの。あたしそれできないの。一回遊ぶとずっと遊んじゃうの」
「そっか。なら140やるか。そしたらお前は今までで一番夏期講習に来たヤツ&一番成績が上がったヤツとして伝説になるで」
「ホントに? いいねー」

多分、こいつの持ってるポテンシャルは高い。賢い子やと思う。去年の生徒で言えば、奇蹟の合格を果たしたゆうりに近い。なんとなくわかる。顔立ちとか、服装とか、話し方とか、そんなところから。

安易な仮定と想像に頼りすぎることは危ういと分かっているけど。

マリナはなんか、今ちょうど反抗期まっただ中かなぁって感じがする。勉強しろとか、ちゃんと学校行けとか、反論できない正論を言われて。塾へも半ば強制的に行かされて。やだなぁ、勉強なんかしたくないなぁ、と思いながら塾に来て。そしたら、なんだか、思ったよりもツライ所じゃなくて。そんなにムリヤリにやらされるわけでもなくて。学校の先生とも親とも違う、とにかく自分が知らないタイプの大人がいて。一面、真っ黒だったオセロの盤面が、ゆっくりと一枚ずつひっくり返っていくような。っていうか、ウチに居るよりも楽しいかも。

なんて思ってくれてたりしてたら最高やね。実際はなかなか聞くに聞けないけど。今日の話だって、本心だかどうなんだか。さっさと終わんないかなーぐらいに考えて、てきとーに俺が納得するようなことを言ったのかも知れない。

でも、ま、PS-羅生門-の署長みたいに信じてみようと思う。思いを込めた言葉を、これからマリナに掛けていこう。「よう、俺が言ったこと、ちゃんとやってるかい?」

大丈夫 君はまだ 君自身をちゃんと見てあげてないだけ
誰だってそうさ 君一人じゃない
そりゃ僕だってねぇ…

まぁ、いいや

少なくとも 君には味方が いるよ

あーもー、こんな生徒が居るなんてこと知りたくなかった。育ててーよ。こいつの人生を変えてみてーよ。

でも俺は、明日求人に電話をしてみるつもりです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました