秘密兵器

『秘密兵器』と書いて『とっておき』と読む。

今回は長いッスよ、半端なく。



講習に行く途中で近くを通り、なおかつ時間的余裕もあったので、改めてお参り。平日真っ昼間なだけあって、人の姿はほとんど無かった。

― いよいよ明日です。宜しくお願いします ―

自分が受験のときは、お参りなんかしなかったのにね。それに、自分は無神論者だから、都合よく神頼みなんかしたってさ…。半分以上は、こんなことしたって気休めにもならないって思ってるのに。それ以上に、やれることは何だってやってやるって、そう思ってるから。そうしたら、自然に足が向いてしまったよ。

五時終了の講習だと、どんなに道を変えようが帰宅による混雑は避けようが無く、迂回などせずノロノロ運転を我慢して最短距離を行くのが一番早いと学習。

七時過ぎに教室着。
「あ、ぉ父さん。おかえり~」
「(笑)。ただいま。また渋滞に巻き込まれた」
「遠いと大変だね。ね、見てよ、これ~(⇒ドーナツ屋の紙袋)。I先生がホントに買ってきてくれたの」
「あ~、土曜日言ってたもんね」
「そう。あたしコレまじちょぉ大好きなの」
「俺もケーキでも買っていくかと思ったけど、さすがに授業やってるなかでケーキの箱持って入ってきたらヘンやろ?」
「はは(笑)。それは絶対ヘン」

「それとホラ、これ(携帯)見て。トウガラシ(モノホンじゃないよ。食玩っぽいヤツ)」
「なんやコレ?」
「魔よけなんだって。おねーちゃんがくれたの」
「へ~」

休み時間になったので、他の生徒の相手もすっかとフラフラしていたらみくがやってきた。
「先生、先生! ちょっと聞いて!」
「おう、なんや」
「あのね、理科返ってきたの。でね、すごいよ、●●点だったの!」
「まじか!? だいぶいったねぇ」
「でしょ、すごいでしょ? さっき帰ろうと思って一回教室出たんだけど、先生に言ってないの思い出して戻ってきちゃった」
「いや~、すごい、やったじゃんよ~」
あんまり嬉しそうに話すもんだから、ついついアタマ撫でちった。

で、次の授業が始まったので、再びちぃのとこへ。まずは昨日書いた小論のチェック。
「ここ、『にも』じゃなくて『も』だな。読んでみりゃわかる」
「…あ、確かに。『も』だね」
「そんぐらいだな。他、特に言うことはない」

「じゃあ次はコッチだね。今日はもう大丈夫。なはず。お母さん相手に練習したし。ってか、お母さん厳しくて、かなりツッコまれた」
「ほ~う」
「いちおーね、絶対に聞かれるだろう四つはもう完璧。なはず」
「四つ…志望動機二つと、あと何だろう。長所・短所か?」
「違うよ~。絶対に聞かれるってヤツだよ。あと二つ~」
「う~ん…あっ、あれか、入学後にやりたいことと、どういう○○になりたいか!」
「そ。それはもうちゃんと言えるはず」
「よし、じゃ…どこでやる?」
「最後だから面談室がいいな~」

移動しつつ。
「同い年のイトコの男の子がいるのね。でね、その子はもう進学先が決まってるんだけど、あたしは明日が試験だよってこと、結構前に言ってあったの」
「ふむ」
「そしたらね、昨日電話があってね、なに? 天神?」
「天神」
「天神様にお願いしといたよーって」
「へぇ~。覚えててくれたんだ」
「そうなの。なんかあたし色んな人に愛されてるなぁ、って思っちゃった」
「ちなみに、俺も今日お参りしてきた」
「うそ~!」
「ちょうど△△高校に行く通り道やったから。ぶっちゃけ『ついで』だったんだけど(笑)。ホラ、証拠。今日の日付やろ」
「うわ…ホントだ。この時間、あたしは多分お昼食べてた」

「はい、じゃ、始めましょうか」
「はぁ…。……はい」
と言って席を立つちぃ
「…? あぁ、何、入室からやる?」
「あれ? やんない? これで最後になるしって思ったんだけど…」
「ああ、いいよ。やろう」
「いい? じゃ、いくね。“コンコン”」
「『はい、どうぞ』」
「“ガラガラガラ” 『失礼します』で、閉めて『受験番号○○番、××高校――です。よろしくお願いします』」
「『はい、では、お座り下さい』」
「『失礼します』」
「『今日の試験はどうでしたか』」
「え…(汗)」
「って、いきなり聞かれるかも知れんよ」
「それは普通に答えちゃっていいんでしょ?」
「うん、普通に、どうだったか答えりゃいいよ。さて、気を取り直して。例の四つ聞いていくからね。『え~、まず本校を志望した理由を述べてください』」
「『はい。私がこちらの学校を志望した理由は三つあります。一つ目は――』」
「『はい。では、入学後は――』」

練習終了。
「うん。ちょっとビックリした。だいぶきちんと言えるようになったな」
「そうかなぁ~。あ~、ぉ父さんが相手だとやっぱ恥ずかしい」
「そうだろうけど、実際は初めて会う人やから、相当緊張すると思うよ」
「だよね~。あたし、ちゃんと目を見て話せるかなぁ」
「目ぇ見て話すってのは、結構キツイ」
「ね~。相手がぉ父さんでも、ずっと目合わせてるの大変だもん」
「ちなみにさぁ、今、俺とお前、目が合ってるよな」
「うん」
「でもな、俺はお前の目、見てへんよ」
「うそぉ?」
「(自分のアゴを指して)このへん。お前のこのへんを見てる」
「へ~。全然分かんない」
「やってみ。まず目を合わせて、そこから少しだけ視線を下に」
「あ…、これ、すごいかも。あたし今ぉ父さんと目合ってる?」
「合ってる」
「へ~。これイイね~」

「この一週間けっこー頑張ったつもりだけど…やっぱ不安だなぁ」
「馬鹿たれ。一週間じゃないやん」
「え?」
「少なくとも、この二週間、お前が塾に来なかったのは一日だけや」
「そうだっけ? あ、お腹痛くて行けなかったときか」
「あほう。それは三週間も前の話や。俺が◆教室で授業だったときや。木曜日」
「あ! うん、帰ってた」
「お前、自分がどんなことをしてきたかすっかり忘れてんな。話したるから思い出せ。自分がどんだけやってきたか。俺は全部覚えてっから」

これが俺の『とっておき』 ちゃんと今朝、自分の日記を見て予習しといた。ちぃに必要なのは、頑張った自覚と、だから周りには負けないという自信。

「まず12日土曜日。こんとき、初めて小論文を貰ったんや。で、アレを渡した」
「アレ? アレって…何?」
「内ポケットから」
「あ~(笑)。そうだそうだ!」
「で、ちょっと戻って8日火曜日。面接練習しようと思ったんだけど、時間が無くてできなくて。で、明日も来るよって言ってたのに来なかったのが次の9日な」
「あ~。でも、それは」
「わーってるよ。で、14日に赤だらけの小論返却して、面接で何を答えるか考えて。そんときに火曜が授業で水曜が漢字のテストだから水曜の夜には小論書くとかぬかしおって、明日の授業前に書け言うて。面接の答えも項目を書き出せって」
「あ~、言ってた(笑)」
「ほんで次の日、大急ぎで八時過ぎに来て。授業してるお前んとこ行ったら『書いてない、コレやってた』とか言いやがって。うわ、俺やること無くなったし、帰るかと思ったら、ゆっこがどうこうってなって、授業が終わるまで待ってたんやないか」
「うん」

「ほんで水・金は俺がゆっこにかかりきりでさぁ」
ぉ父さんがロマンチストになってた日でしょ」
「うっさいわ(笑)。その頃から面接ノート作り始めて、で、金曜にゆっこ見送った後で、お前小論は書いたんか言うたら、まだ書いてませんやし。ほんでもう、とにかく書け、書かなアカンて言うたんや」
「あ~、だね」
「で、土曜にようやく小論書いて。ほんで21日や。小論返して面接練習したら、もうしどろもどろで。で、次の日授業振替にして小論と面接の練習しようって言って、だけど10時半まで粘って結局書き上がらねーし」
「そうだった」
「で、翌日で一気に三枚持ってきやがって」
「そう! 喫煙のヤツまで書いたんだよね。そんで、それだけちゃんと評価書いてきてもらったんだ」
「そ。ほんで木曜はまた面接の練習やって、金曜は小論書き終えてから、また面接練習で」

「それで、土曜日が一昨日かぁ。そう、さっきファイル見たときにね、あたし結構小論書いたんだなぁって思った。なんだかんだでこの(面接)ノートも全部埋めたし」
「せやろ。でもな、それは一週間分やないねん。なぁ、随分前にさ、赤い分厚い本を見せて、俺は二週間でこんだけ読んだ、って話、覚えてっか?」
「ぁ~、うん、あった」
「ようやくお前は、それができたんだよ。な、二週間あったら、けっこうなことができんねん」
「特に先週は、あたし毎日ココ出るの10時過ぎだったしねぇ」
「そうやったな。そんだけのことをお前はやってきたんよ。例えばコレな、お前が模試で書いてた小論」
「あ~。コレは最悪。小論と作文の違いが分かってなかったし」
「今のお前やったら、こんなんどうやっても書かんやろ。こんな『私は』を連発したり、『思う』連発とか、『…』とか」
「ぜーったぃ、あり得ない」

「あり得ないやろ(笑)。でも、12日のはコレと大差なかったんやで。実際赤だらけで返却したし。それが、今日は一カ所だけだったやんか」
「確かに、小論はある程度書けるようになってきたなって気はするの。面接も、今ならまぁまぁ喋れるし」
「つーか、書けてるし、喋れてる。あんな、絶対な、推薦だから受かるだろうとか、小論文ぐらい書けるだろうって思ってるヤツらがおんねん。そいつらの二週間と、お前の二週間や。だいぶ差ぁついたぜ」
「そっかな」

「大丈夫。受かる。受かっちまえ。もしコレで落ちるようなら、仕方無い。そんときゃ、あたしを落とすなんて、この人たちは見る目がないなぁって。絶対損するよ、って思ったれ」
「だよね。あたしもそう思うもん(笑)」

「迎え、何時に来るって」
「あと10分ぐらいじゃん?」
そう言って、ノートを一枚ちぎるちぃ
「…何を?」
「んとね、授業終わる前に帰っちゃうから、I先生にお礼書いとこうと思って」
「なるほどね」

ちょいと厠に行って、ウィダーを入れて。戻ってみれば、まだ書いてるし。DearのDがすごいことに…。お前相変わらず懲り性やなぁと言ったら笑ってた。

ま、手紙書いてるのを見てるのは悪趣味やしなと思って、外に出て一服。そして教室に戻ってきたところで思いつく。

「(小声で)ちぃさん、ちぃさん」
「…なに?」
「そーいえばね、俺、I先生にさ、借りてたCDを返さなアカンのよ。で、思いついたんやけど、ソレ、ここに挟んどくってのはどうよ?」
ぉ父さん、そーいうの好きだよね~(笑)」
「普通にハイ、って渡したら面白くないやろ。どうせなら驚かそうや」
「ん~、じゃちょっと折り方も工夫しようかな」

「ハイ、できた」
「したら、ココに挟んで…。おし、これで、こういう向きで机に置いときゃOKやろ」
「あ~、すっかりぉ父さんの共犯者だ…」
「そ、ワシらグルや。よしゃ、ちょいと仕掛けてくるわ」

ぉ父さん、迎え来たから、あたし帰るよ~」
「そか、俺も帰る」
「あれ、帰んの?」
「つーか、授業終わる前に帰らんと、仕掛けた意味が無くなる」
「そっか」

俺はこっそり教室を出た。ちぃは授業中のI先生に、邪魔にならないような音量で「I先生~。さよ~なら~」と言ってた。

階下に降りて、いつもの信号待ち。
「あ~、明日だ~」
「せやな。頑張ってきぃ」
「とりあえず、やるだけやったよね」
「ああ。やった。もうやることはない。今日はさっさと寝ろ」
「うん。じゃあ、帰る前に~」

そう言って、制服の上着の内ポケットを見せるちぃ

「え~。ちょぉ、お前は…。マジかよ、何を仕込んでんねや~~」
「(笑)、じゃ~ん」

秘密兵器』を考えていたのは、俺だけじゃ無かったらしい。


(画像は開いた状態ですが)四つに折りたたまれた、ノートの切れ端が出てきた。
「さっきねぇ、実はぉ父さんにも書いてたの」
「…そっかぁ」
「もー、大変だったんだよ。いきなり戻ってきたりするし。ちょっと困ってた。ぉ父さん早く向こう行って~って思ってたんだから」
「あぁ、スマンスマン」
「いっつもぉ父さんにやられてばっかりだからね。今日は狙ってたんだよ。ぉ父さんと同じ風に、内ポケットから出して、この場所で渡そう、って」
「…内ポケットは俺の専売特許や。真似すんなや」
「(笑)」
「ありがとな」

ぉ父さんどっち、こっち?」
「いや、俺はあっち」
「そっか」

そんな分かり切ったことを聞くんだから、あっちだけどこっちって答えてやるべきだったんだな、きっと。

「じゃ、明日頑張って行ってこい」
「うん、行ってくるよ」
「じゃーな」
「じゃーねー、ぉ父さん~」

笑顔で帰って行った。大丈夫。大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

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