乗りかけた舟のようなもの

午後1時ちょい過ぎ、またも教室へ。

サヤカの座席を確認して、
授業中にも関わらずお構いなしでおもむろに隣の丸椅子に腰掛ける。

「おぃ、サヤカ
こっち見て、目を丸くして、呼吸を忘れた感じ(笑)。
「うそっ、先生!?びっくりしたぁ。ってか、先生、あたし明日面接なんだけど~」
「知ってる、昨日聞いた。だから今日―」
「聞いたぁ?ねぇ~~~、全ッ然自信ないんだけど、どーしよ。ねぇねぇねぇねぇ」
とりあえず落ち着け。その勢いだと俺のシャツの袖がちぎれるから。

でも、まぁ、このリアクションだけでも今日来た甲斐があるよね。

面接の練習は授業後にやるらしいので、暇つぶしに本屋へ行った。
LPIC レベル1の本を買ってきた。
買ったからには、ちゃんと勉強して、試験受けて、資格をゲットしよう。

教室に戻ってから、面接の練習相手になってみる。
「じゃ、とりあえず志望動機」
「志望動機ぃ?え~と…ん~と…志望動機でしょ…う~ん」
「なるほど…わかった。書き出すか」
「書き出す…」
と言いつつ、ルーズリーフと筆記用具を用意するサヤカ
流石にわかってる。

「俺さ、その学校のことなんも知らんのだけど、何がよかったん?」
「ん~、なんか、『子ども造形教室』ってのがあって」
「なんやそれ。あ、とりあえず書いとけ」
「あっ、はい」

一昨年、ちぃのときもこんな風にしてコトバを引き出していったっけ。

「じゃあ、とりあえず一回、入室から通してみるか」
「え~、もう?絶ーッ対、無理!」
「無理でもええから。大丈夫、期待してない(笑)」

「失礼します」

「出身校とお名前をお願いします」

「それでは面接を始めます。まず、本学を志望した動機を聞かせて下さい」
「私が貴学を志望したのは、、、えっと、、、ちょっ、ちょっと待って~」
「ええよー。なんも気にせんでええから、とりあえず最後まで言い切ってみー」

「高校生活で一番頑張った事を教えて下さい」
「えっ!? 部活ぐらいしかないんだけど?」
「あせんな(笑)。部活なら部活でええから、ちゃんと答えな」
「えっと、部活です」

「これで面接は終わりです。お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
「退出まで、ちゃんとな」

「失礼しました」

「やばい、アタマ真っ白になる!」
「まー、緊張すんのは仕方ないけどね」
「ホント自信ない。どーしよ?」
「ええねん。ハッタリで。堂々としてりゃ」
「かなぁ」

「ただなぁ、目線がアカンわ。あれじゃ自信ないのがバレバレ」
「あっ…だよねぇ」
「ガンくれるようなのはアレやけど」
「ガンくれるって、なに?」
「(ジェネレーションギャップ!)睨むぐらい目を見ることね。
やっぱ目線が下行って俯きがちになると、印象悪いからさ」
「うん」
「あとはねぇ、質問されて、答える前に『はい』って言った方がええよ。
すぐに答えが浮かばなくて、ちょっと考えちゃうときでもさ。
黙りこくっちゃうのは良くない」
「あ~」
「質問の内容は分かったんで、ちょっと考えさせて下さい、って意味でもさ。
まずは『はい』ね。そこで一呼吸置いてから話し出すぶんには、全然違和感ないよ」

「んじゃ、今のをふまえて、もう一回、最初から」
「え~」

格好つけようとすんな。
自分をよく見せようとすんな。
そんなん、バレバレや。
ありのままのお前を見て貰えばいいんだよ。

「あははははー」
「なんや、終わった途端にやったらテンション高くなって」
「ねー?もー、どうしよ?全然だめー」
「んなこたぁ無いよ。さっきより全然答えられてた」
「ホントにぃ?」
「うん。ただね…まぁ、緊張してっと難しいと思うけどさ…」
「えっ、なに?」

「笑顔」
「あ…、うん」
「いや、真剣なのはわかるよ。最初とは違って目線も向いてたし。
ただ、ほら」
「子供を相手にするんだもんね」
「そーなんだよ。それを考えると、明るく親しみやすい雰囲気の有る無しって
印象が大きく違うと思うんだ」
「だよねぇ」
「無理してニヤニヤしなくていいと思うんだけど」
「それ絶対ヘンだから(笑)」
「失礼のない言葉遣いで、普段のサヤカが出せれば、大丈夫だと思うよ」



冷静に常識的に考えれば、もはや職場も職種も違う俺が出る幕ではない。
それどころか、本来は宜しくないことかも知れない。

ただ、なんだろ、やっぱり「高校受験」っつー、
大概の人間にとっての最初の競争を、戦いを。
見守ったっていうか、応援したっていうか、支えたっていうか。

先生として、教鞭を振るっていたけれど。

時には父親のように厳しく。
時には友達のように親しく。
時には恋人のように優しく。(女子生徒のみ(笑))

そういう時間を共有した子供達に対しては、今でもやっぱり格別の思いがあるんだぁ。


帰り際。

「先生、また来てくれる?」

「ん。また休みが取れたときには来るよ」

言ってはみたものの、きっと教室でサヤカと会うのは今日が最後やろなぁ。

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