.NET Frameworkはクライアント端末には必要ないと、何度言えば…わかるんだキサマッ!
俺は今『畏れ(おそれ)』を纏っている。
彼は「アプリ開発の何たるかを…」と豪語した以上、貴奴(俺)の前で迂闊なコトは言えん、と。
(散々迂闊なことを言ってるのに気づかず)
化けの皮を剥がされるわけにはいかん、と思っている。
外注「今回からOffice2010になったので、プロバイダなんちゃらの文字列が変わって…」
古狸「(ぷろばいだ…?いんたーねっと?)」
俺様「ああ、2003の頃って確か11.0ですよね」
外注「そうです」
古狸(俺を見たり外注を見たり)
俺様「今だと12? あ、でも2007があったから、2010だと13ぐらいになってるのか?」
外注「その辺がですね、インターネットで探してても正確な情報がなくて…」
なんのこっちゃない。
Excelをデータベース的にADOで扱うための接続文字列、いわゆるDSN(Data Source Name)の話である。
まぁきっとおそらくコンパネのODBCから試しにxlsxファイルを指定して、その接続情報をファイルに保存すればProvider文字列は明らかだろうが。
もう助けないもん、知らないもん、お節介も焼かないもん。
そもそも外注呼んで打ち合わせってのに。
はぁ、アジェンダ(議題)無ェ、渡す資料も無ェ、仕様は全て口頭(電話)、手帳もねぇ、メモもしねぇ。
オラァこんな村いやだ〜、東京でベコ飼うだァ〜。
悟った。
自らの非を感じるから。
こうすればよかった、こう出来てれば良かった、こうなったのは俺がヘタこいたから…etc。
そーいう責任感という土壌に、失敗という瓦礫を積み重ね、家が、社が建つのだと思う。
成長があるのだと思う。
のだが、まれに。
今年は日照りだった、水が少なかった、下僕のハタラキが悪かった、村長の言うことが間違ってた…。
何かのせい、誰かのせい、自分は悪くない…むしろ、自分は騙された、被害者だ…裏切られた…。
と思うヤツがいる。
何か(誰か)のせいにする、その代わりに不作(失敗)から学ぶことがない。
自分は悪くない、正しい、間違ってない。
そりゃ成長もしない。
だから、俺は、割り切った。
お前の助けはいらない、その代わり、俺はお前を助けない。
今さら、今にして、この時期ゆえに思う。
塾講師だった頃「夏期講習」のプラン(工程表)を、業者テストの結果と目的地(志望校)から練って作る。
それをステークホルダー(教室長、他講師、生徒自身)に説明し、最終的な「顧客」である保護者の了承を得る。
けれど、工程通りに進むことは無く。
修正が必要になる。
そのときに大切なのは、何が目標か。
テキストを全部終わらせることが目標か?
否!
2学期、それから冬期講習もふまえて。
今、この時期に、何をすべきかを捉えることが重要。
無理やり工程通りに進めるのは本末転倒。
それまでの課程(教科書の内容)を100%理解させることは無意味と言っていい。
大切なのは、本気になったらいけるんじゃないか、意外と俺(私)すごいかも、って自信を与えること。
お前は、この夏休み、すげー頑張った。
「明日までにコレをやってこい」「コレを覚えてこい」って難しいコトを言ったけど、できたじゃないか。
やってきたやんか!
今月のテストの『点数』は、前と変わってない。
けどな、夏期講習でやった範囲の『正答率』は上がってるんやで。
間違え方も変わってるはずや。
今まで「わかんない」で投げだしてた問題も。
「あー、なんか習った気がする…どっちだっけー」って悩んだやろ?
それだけでも全然ちゃうやん!
まー、俺も悪かったよ。
「あー、これ佐藤先生が言ってたー」ぐらいに、もっと面白い教え方をしてりゃーな。
…あぁ、思い出って。
『普段は忘れているけれど、心のどっかに仕舞われているもの』なんだね。
『記憶から無くなるんじゃなくて、思い出す機会が少なくなるもの』なんだね。
ここまで書いて思い出したよ。
答案の間違えを、解説してて。
「違う…」って、搾り出すような声で。
「今なら絶対分かるのに…」って。
悔しさと申し訳なさを織りまぜたような声を、久しぶりに思い出したよ。
まぁまぁ、テストって、そんなもんや。
不安になると、分からなくなるんよ。
せっかくだから、これをチャンスにしようや。
『あー、これ、あの時失敗した問題だ。でも、今なら完璧♪』ぐらいに。
似たような問題、見繕ってくるから、よーアタマん中、整理しとけ。
間違えたら…デコピンやからなー。
全部、正解。
泣いたカラスがもう笑った。
それをテストでやりーやお前わー、とアタマをくしゃくしゃに撫でてやった。
「今なら完璧♪」って言いかねない笑顔が、微笑ましくて、嬉しくて。
ちょっと忘れていたけど、忘却れてなかった。
久しぶりに開けた引き出しに、ちゃんと残ってた。
努力は絶対報われる。
努力は決して自分を裏切らない。
そうでないなら、それは努力と呼ぶに値しない。
苦痛に耐えることは努力じゃない。
むしろ、いかに楽をして、効率よく成し遂げるか。
その工夫こそが努力だ。
そんなことを10も離れたガキどもに説いてた頃を思い出して。
今はそっくり自分に返ってくるわけさ。
やったろーやんけ!
コメント
盆は?帰る?
飲るか?
.NET Frameworkは食べられるんですか?と言い出したら終わりだね。
励ましは、草花にやる水に似ている。忘れずに与えれば、着実に成長を促してくれるのである
今ではもう、都合のいい「ニンジン」を用意してくれる会社はありません。自分のやる気は自分で管理する―モチベーションの自己責任時代がやってきたのです
なんてな。
疲れるほど働くな。。。